なぜか突然はじまった指導

昨日も交流会に行ってきました。

一緒に行った学生は交流会に出席している成果が出て、
昨日は自分から日本語で回りの人たちに話しかけていました。
ちょっと前まで
「通訳(私のこと。)がいないと全然わかんないから、
先生といっしょに座る」
と言っていたのに…。
頑張ってる、頑張ってる!
と微笑ましく見ていたのですが、目に見えて上達していると思っているのは私だけで、回りの話せる中国人から見たら、まだまだ話せるうちに入らないようで、
「日本語で話そうとしなきゃ上達しないよ。今から中国語禁止!」
「わからない単語があったら、すぐに辞書をひかなきゃ。
ここに来ている人はみんな辞書を持ってるでしょ。」
と、いつの間にか学生への学習指導がはじまってしまいました。
みるみるテンションの下がる学生。

話せる人は最初から話せるわけじゃなくて、
話せるようになるために、やってきたことがあるんですよね。
外国語を話したいけど、その気持ちを持っているだけで、
具体的になにもしていない人が目の前にいたら、
いい方法があるのに、それをしないなんて!
とやきもきする気持ちもわかります。

たぶん、話せなかった頃の自分を見ているような気持ちになるんじゃないかなあ。

帰り道、しょんぼりしている学生に、
「みんなあなたに言ったんじゃなくて、昔の自分に言ってたんだと思うよ。みんな最初はできなかったんだよ」
と言うと、
「確かに、とても上手だった人も勉強して2年目に日本語コーナーに行ったときは全然喋れなかった、って言ってた」
と言って、ちょっと晴れた顔になったので、ほっとしました。

でも、その後に、
「交流会に来る人は地元の人が多いけど、この町の人は日本語上手なのかなあ」
と言いはじめたので、ずっこけました。(学生の出身地は別の町)
「じゃあ、うちのクラスのこの町出身者は日本語上手?」
と聞くと、
「いや」
と苦笑いしてました。
うちのクラスのさぼり魔が地元民だったので、納得したようです。

学生はもうすぐ実習に行ってしまうので、実質授業は今月までで終わりです。その後日本語の勉強を続けるかどうかは、自分次第です。

私は言葉は続けさえすれば、必ず上達すると思うので、今後も続けてくれればなあ、と思います。